昭和人の遺言
昭和は64年。それは「大化」の創元から「平成」の今日までに250回を重ねた改元の中での最長記録です。その世代に生きてきた人々は「希望と挫折」の連鎖だったといい、その歴史は「人類史の縮図であった」とも表現します。
平家物語になぞらえ「奢れるもの久しからず」と評するかと思えば、戦前、戦中、敗戦、戦後派、復興期、高度成長期、団塊の世代など節々を区切って論じながら思い出しては涙ぐみます。
生活環境が変われば、価値観も全く違います。日米安保に守られて平和ボケし、愛国も国防も忘れてしまったかのような今時の若者たちに、明日のニッポンを防衛出来るのでしょうか。苦労人の昭和人には、不安が尽きないのです。
そんな若者たちに、私は問いかけます。「予科練って知っている?」。彼らは怪訝な顔を見合わせながら首を横に振ります。「では、会津の白虎隊は?」と聞けば「修学旅行で墓前にお参りしてきた」といいます。
白虎隊の存在は、日本史の悲話として百年以上経った今も語り継がれているのに、まだ1世紀も経っていない太平洋戦争で戦死していった同じ年頃の少年兵や特攻隊の名はもう忘れ去られてしまったのです。
忘れたのではありません。
知らされなかったのです。
別の言い方をすれば、日本史の中から消されてしまったのです。
同じ「昭和ッ子」でも戦争を体験した(団塊世代の)親たちが敗戦の惨めさを思い出したくなくて語り継ごうとしなかったのです。
だから、今、戦争を知らない安部首相が説く、集団的自衛権行使を巡る憲法解釈論に、世論が割れているのです。
だが、分別を弁えた昭和人たちは《昨日歩いた戦争への道》を思い出さずにはいられません。
一国の歴史は、その時代に生きた国民の実感を伝えてこそ意義があります。
一口に「昭和」と呼んでも想いは多岐多様です。
様々な、昭和人の志を後世に伝えたい、果たせなかった夢を残したい。
そんな思いを込めた「昭和人の遺言」碑を提案します。
そこに問うものは、日本及び日本人の人生観の変遷を辿りながら「戦争と平和」の在り方り方を追求したいのです。
城源寺 ☎0464-35-3652
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